地震で倒壊したビル(1月19日、石川県輪島市河井町)
能登半島地震で起きた「内陸型地震」の被害想定について全国22府県が、10年以上にわたり更新していないことが日本経済新聞の調査で分かった。石川県は同半島の地震について1997年度から見直しておらず、想定以上の被害が発生した。自治体の予算や専門的な知見は限られており、国や専門機関による支援が求められる。
地震は大きく分けて陸地の活断層がずれるなどして起こる内陸型地震と、重なり合う海溝のプレートが跳ね返って発生する海溝型地震がある。石川県で起きたのは能登半島付近の約150キロにわたる活断層が原因とされる内陸型地震だった。
国が被害想定を策定するのは南海トラフ地震や首都直下地震など、範囲が広かったり被害が甚大だったりする災害に限られる。地域ごとの地震については都道府県が被害想定をまとめるケースが一般的だ。
石川県は97年度に能登半島でマグニチュード(M)7・0の地震が起きるとの想定をまとめ、地域防災計画を作成。死者7人、建物全壊120棟の「ごく局地的な災害」と見積もった。
1日で発生から5カ月となった能登半島地震は、地震エネルギーが約8倍のM7.6。死者260人、全壊が8千棟を超す大規模災害となった。計画が更新されていれば応急対応や復旧作業の迅速化、耐震化に向けた施策の充実などが図られた可能性がある。
石川県も東日本大震災後に津波の浸水想定を改めたが、内陸型地震の被害想定については2020年末ごろからの群発地震の増加を受けて、23年8月に見直しに着手したばかりだった。
見直しが進まない地域は少なくない。内陸型地震の被害想定を設ける46都道府県を対象に日本経済新聞が更新状況を調べたところ、22府県で10年以上にわたり更新がされていなかった。山形や大阪、石川、兵庫、京都、奈良、愛知、山口、長崎、宮崎の10府県では、各地で大規模地震のリスクが意識された東日本大震災以前の想定のままだった。
高知県は、県内で南海トラフ地震以上の被害を及ぼす活断層が見つかっていないため、内陸型地震の被害想定を作成していないと回答した。
法令で見直すべき頻度が定まっているわけではないが、内閣府の担当者は「被害想定が長期間更新されないリスクが能登半島地震で明らかになり、課題だと考えている」と話す。京都大の牧紀男教授(都市防災)も「5年ごとの国勢調査など、社会の変化を捉えられるタイミングで更新するのが理想的だ」と説明する。
石川県地域防災計画では「災害度は低い」としていた
被害想定をつくるには、まず政府の地震調査研究推進本部による全国各地の活断層リスクの評価が重要になる。その上で都道府県はボーリング調査などで地質を調査し、人口や建物の耐震化率を踏まえて人的・物的被害を試算するのが一般的だ。
更新が進まない理由として、外部の業者に調査を依頼する費用や、地震学の専門的な知識の不足を挙げる自治体は多い。ある県の担当者は「予算の制限に加え、県には地震の専門職員が2人しかおらず、県独自で更新するのは難しい」と打ち明ける。
能登半島地震では政府の推進本部による活断層リスクの評価の課題も浮かぶ。
今回、同本部は半島沖の北東から南西にかけて確認されている複数の活断層が関連した可能性が高いとの評価を取りまとめた。海域の活断層は直接観測することが難しく、長期評価が間に合わなかった。
同本部は2月の作業部会で、地震の長期評価を従来よりも前倒しで公表することを決めた。長期評価や石川県の見直しが遅れたことを受け、簡易的な評価方法を取り入れるなどして地域の防災対策を促す狙いがある。
東日本大震災後に南海トラフ地震など海溝型地震のリスクは強く意識されたが、内陸型地震は国・自治体ともに後手に回ったとも言える。被害想定は企業の事業継続計画(BCP)策定にも資するだけに早急な対応が求められる。
東北大の丸谷浩明教授(防災政策)は「被害想定の更新は単独の自治体でできるような規模感のものではない。本来は国のサポートが必要だ」と指摘する。
「単純に何年おきに更新すべきものとはいえない」としつつ、内陸型地震の地域防災計画を見直した自治体についても「社会インフラの変化や高齢化など既存の計画とずれが生じた場合は改善を図るべきだ」と強調した。
(近藤彰俊、島村瑞稀)
日本経済新聞令和6年6月1日付